2009年11月21日
2009年11月14日
朗読と演劇「サクラ オキナワ ヒロシマ」開催のお知らせ

朗読と演劇「サクラ オキナワ ヒロシマ」
〜このサクラから馳せる
オキナワ・ヒロシマへの想像力〜
日時:2009年11月14日(土)
14:00〜15:45
場所:千葉県立佐倉東高等学校 会議室
入場無料
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2009年11月11日
中央発表会:本校の上演日時
2009年11月20日〜22日の3日間、青葉の森公園芸術文化ホールにて第62回千葉県高等学校演劇研究中央発表会(千葉県大会)が行われます。日程の詳細は、ここにあります。本校は、22日(日)10:25〜11:25の上演です。お時間がございましたら、ご観覧の上ご批評たまわればさいわいです。
2009年11月05日
2009年11月04日
演劇「父と暮せば」上演に寄せて
高校時代、古典の時間に「後(おく)る」という古語をはじめて習ったときの奇妙な感慨がよみがえる。習ったのは、「(誰それ)に後る」という用法である。親しい人に先立たれること、死別することを「後る」という。わたしの身近で誰かが亡くなるとき、わたしはその人に「後れた」のだ。周囲で1人また1人と亡くなっていき、そして、わたしはまたぞろ「後れる」、どんどん「後れる」。生きつづけることは、すなわち「後れつづける」ことにほかならない。
この劇の舞台は原爆投下から3年後の広島。美津江は、原爆で親友にも肉親にも「後れ」てしまい、ひとり永らえる。ある日、美津江は勤め先の図書館にやって来た木下という青年に恋をする。けれども、ひとり生きのこった後ろめたさから、その恋も断念しようとする美津江。「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」。そんな美津江を、父・竹造は懸命に励まし応援するのだが−−。言わずと知れた、井上ひさし氏の名作。
『父と暮せば』のラストシーンは、長編ドキュメンタリー映画『ひめゆり』のなかの、あるひめゆり学徒の生存者の方のことばを想起させる。その生存者の方は「ここから生き残ったのではなく、生き残された」といい、「(亡くなった人たちは)何としても生きたかったんですよ。それを今、私に伝えてくれ、と言ってるように思えるんです」と語られていた。『父と暮せば』にもまた映画『ひめゆり』同様「生き(のこ)ること」の意味への深い洞察がある。
映画『ひめゆり』がドキュメンタリーであるのに対し、『父と暮せば』は、なるほどフィクションといえばフィクションである。だが、作者の井上ひさし氏は、こう書かれている。「(被爆者の方々の)手に入った手記を数百編、拝むようにして読み、そこからいくつもの切ない言葉を拝借して、あのときの爆心地の様子を想像しました。そして、それらの切ない言葉を再構成したのが、この戯曲です」と。ここに紛れもない真実がある、そう観客をして感じさせる所以である。
2009年10月14日
2009年10月11日
県大会出場!
10月10日(土)11日(日)、千葉県高校演劇第7地区秋季地区発表会が行われ、「父と暮せば」(井上ひさし作)を上演した本校が代表校となり、第62回千葉県高等学校演劇研究中央発表会(千葉県大会)に出場することになりました。
なお第62回千葉県高等学校演劇研究中央発表会は、11月20日(金)21日(土)22日(日)の3日間、青葉の森公園芸術文化ホールにて行われます。
なお第62回千葉県高等学校演劇研究中央発表会は、11月20日(金)21日(土)22日(日)の3日間、青葉の森公園芸術文化ホールにて行われます。
小道具製作その3
この作品には欠かせない、最重要の小道具である被爆地蔵。
やっぱり発泡スチロールの土台に「かるい紙粘土」をつけて造形。

最初はフツーのお地蔵さんの顔。

その左顔面に火ぶくれをくわえる。これがバージョン1。

ひたすら紙やすりをかける。

着色。

そして、焼けこげた感じのヨゴシを入れる。

これで完成、と思ったら…!?
その後、佐倉東高校演劇部OGであるFが特派員として広島に飛んだ! …というのはウソで、たまたま岡山に行く用事があるというので、ちょっと広島に寄ってもらった。
Fから送られてきた写真がこれ。
原爆ドーム近くにあるお地蔵さんらしいが、鼻がなくなってツルツルになっている。

ほぼ真上から被爆したため真下に黒い影ができている。

そして、これが資料館にある被爆地蔵。やっぱり鼻がなくなっている。

というわけで、被爆が原因で石に火ぶくれのようなものができるのは非現実的との指摘を受けて改作したのがこれ。バージョン2。

鼻も削るべきだとも言われたが、思いとどまった。
なによりも表現したかったのは、安らかな静けさを湛えた右顔面と、焼けただれた左顔面とのコントラストである。鼻を削ることで右顔面の安らかな静けさが損なわれることを恐れたのだ。
やっぱり発泡スチロールの土台に「かるい紙粘土」をつけて造形。
最初はフツーのお地蔵さんの顔。
その左顔面に火ぶくれをくわえる。これがバージョン1。
ひたすら紙やすりをかける。
着色。
そして、焼けこげた感じのヨゴシを入れる。
これで完成、と思ったら…!?
その後、佐倉東高校演劇部OGであるFが特派員として広島に飛んだ! …というのはウソで、たまたま岡山に行く用事があるというので、ちょっと広島に寄ってもらった。
Fから送られてきた写真がこれ。
原爆ドーム近くにあるお地蔵さんらしいが、鼻がなくなってツルツルになっている。
ほぼ真上から被爆したため真下に黒い影ができている。
そして、これが資料館にある被爆地蔵。やっぱり鼻がなくなっている。
というわけで、被爆が原因で石に火ぶくれのようなものができるのは非現実的との指摘を受けて改作したのがこれ。バージョン2。
鼻も削るべきだとも言われたが、思いとどまった。
なによりも表現したかったのは、安らかな静けさを湛えた右顔面と、焼けただれた左顔面とのコントラストである。鼻を削ることで右顔面の安らかな静けさが損なわれることを恐れたのだ。




