25日土曜日 私の最終公演「あの日」 本当にたくさんの方のご来場、ありがとうございました。
あんなにもたくさんの方々が来て下さるとは予想だにしていなかったので、ホールに溢れんばかりの人数に驚きでした。
立見の方もたくさんいらっしゃって、『姿が見えなかったから声だけで楽しみました。』という事を聞き、そこまでして見て(聞いて)いただいてありがとうございました。また、座って見ていただく事ができずに申し訳ありませんでした。
アンケートも一枚一枚読ませていただきました。たくさんの感想ありがとうございました。
中には、自分も同じような体験をしたと云う方や、遠くから来ていただいた方、そして演劇を続けてくださいと書いてくださった方も多数いらっしゃって…。様々な思いをたくさんの方にそれぞれ届ける事ができたように感じました。
私はこれで引退という事になります。
でも、演劇に一切関わらないと云うわけではなく、昨年お世話になりましたSKSの方達との交流や見に来て下さった方達との交流などはしていきたいなぁ…などと思っていたりします。ハイ。
来年度の新入生が入部すれば、色々と教えたり、キャストではありませんが、スタッフとして舞台に携わる事はあるかと思いますが、私が役者として皆様の前に立つのは今回が最後でした。
本当に、心から御礼申し上げます。
そして、またお会いしたいと言って下さった方々も多く、出逢いと云うモノほど心躍るような感覚と嬉しく貴重なモノはなく、その出逢いを大切にしたいと思いました。
私もまた皆様とどこかで会える事を願っています。
古澤 遥
2006年11月30日
2006年11月28日
11・25自主公演−お寄せいただいたご感想より
すごく良かったです。単じゅんな言葉かもしれないけど、本当にそう思いました。私も以前、同じような体験をしたことがありました。私の場合は、家庭内ではなく、学校でのことでした。だから、気持ちが良くわかり、劇中も泣いてしまって、見えない時もありました。本当によかったです。おつかれ様です。(10代女性・中学生)/重いテーマでとても大変だったと思います。私自身、亡くなった父が酒乱で大変でした。家に帰ってくるエレベーターの音をきくだけでドキッと縮みこんだことを思いだしました。お疲れ様でした。また次回があることを期待しています。(30代女性)/息子(小4)に言葉の暴力かなと思う事を言ってしまうことがある。いつかこれが息子が大人になった時、自分の子どもや弱い立場の人に暴力をふるう元になってしまうかもしれない、と怖くなった。もっと優しく生きていかなくてはと思いました。高校生の公演はどんなかな、と見にきました。元々芝居をみるのが好きなので。芝居自体もよくできていてよかったです。後輩の方々も頑張って下さい。古沢さん、芝居続けて下さい。(30代女性)/精一杯頑張って演じる姿に感動しました。私は亡きしゅうととの間に言葉による暴力を受けた事を思い出しました。これも軽いDVだったのかなと今思います。同じ年代の子を持つ親として自分の子にはない人々の前で表現できる遥さんがとてもうらやましいです。(50代女性)/新聞の「声がでなくなったが、乗り越えた」という部分を見て、乗り越えた姿を見たいと思い来ました。声に力がありその力の源が、乗り越えてきた確かな力だと思いました。自分もDVではありませんが、長い間、自分で苦しんだことと向き合い、最近ようやくそのことを受け入れることができました。素の命が、その人が、あるがままで既に尊いという事あらためて実感しました。(20代男性)/続きを読む
2006年11月27日
ケータイ小説「あの日」
1人劇「あの日」は、主人公が「あの日」のことをケータイ小説として語る、という設定を仮構しました。1人劇という制約からくる、やむにやまれぬ仮構だったといえます。が、そこはそれ、チョットした洒落っ気から、本当にそのケータイ小説を掲載したサイトをつくってしまいました。
興味のある方はコチラから。
http://id8.fm-p.jp/59/anohinokioku/
ちなみにこのURLは劇中、プロジェクタで扉に大きく映し出しましたが、あんなデカデカとした文字で、しかもその文字もまたたくまに流れて行っちゃいましたから、ちゃんと読みとれた方は1人もいなかったと思います…たぶん。
興味のある方はコチラから。
http://id8.fm-p.jp/59/anohinokioku/
ちなみにこのURLは劇中、プロジェクタで扉に大きく映し出しましたが、あんなデカデカとした文字で、しかもその文字もまたたくまに流れて行っちゃいましたから、ちゃんと読みとれた方は1人もいなかったと思います…たぶん。
2006年11月25日
満員御礼ふたたび、ありがとうございました!!!!!!
前回の自主公演終了後にもこの公開ブログに「満員御礼、ありがとうございました!!!!」という記事を投稿したのでした。そして今回も「満員御礼」…(2度めですから)「ふたたび」……また「ありがとうございました」の後のエクスクラメーションマークは、今回2つばっかし増やしておきました…それぐらい感謝しております…いくら感謝しても感謝しきれない思いです。
佐倉市立美術館4Fホールの99の座席はすべて埋まったうえ、急きょ通路にもイスを並べさせていただきましたがそれでもまだまだ足りず、さらに多くの方々に立ち見で観ていただくしかない大大大盛況ぶり。
佐倉東高生、佐倉東高校旧・現職員の方々、佐倉東高校演劇部および生徒会役員OGの方々、SKS(佐倉こどもステーション)の方々、DV(およびそれに類した経験)の体験者の方々、その他にもさまざまな方々が(アンケートを読ませていただいたかぎり)さまざまな(そして場合によってはまことに熱い)思いを抱いてご来場くださいました。お陰様をもちまして、ブインA引退の花道を華々しく飾ることができました。ご来場賜りました皆様に、ブイン・コモン共々篤く御礼申し上げます。
佐倉市立美術館4Fホールの99の座席はすべて埋まったうえ、急きょ通路にもイスを並べさせていただきましたがそれでもまだまだ足りず、さらに多くの方々に立ち見で観ていただくしかない大大大盛況ぶり。
佐倉東高生、佐倉東高校旧・現職員の方々、佐倉東高校演劇部および生徒会役員OGの方々、SKS(佐倉こどもステーション)の方々、DV(およびそれに類した経験)の体験者の方々、その他にもさまざまな方々が(アンケートを読ませていただいたかぎり)さまざまな(そして場合によってはまことに熱い)思いを抱いてご来場くださいました。お陰様をもちまして、ブインA引退の花道を華々しく飾ることができました。ご来場賜りました皆様に、ブイン・コモン共々篤く御礼申し上げます。
ブインAより…自主公演に寄せて(当日配布パンフより)
私にとっての最終公演「あの日」
DVと云うテーマは、とてもツラく苦しく重く、私に覆いかぶさってきて、全てをさらけだすから余計にしんどくて、精神的にも身体的にもツラい日々が続きました。
何度も逃げ出したいと思ったし、身体が拒絶して練習できなくなったりしました。
それでも、文化祭の準備などでなかなか部活の時間を取れずに、本当に少ない限られた時間の中でクタクタにへばりながらも作った台本を、本当に精一杯、泣きながら練習してきました。
そんな日々を越えて、今この公演が幕を開ける事ができるのは、『頑張れ』と声をかけてくれた友達、『ぶっ倒れないようにね』と心配してくださった先生方、『楽しみにしてます』と言って下さった人達、そして何より全力でぶつかってくださった顧問の先生のお陰です。
舞台上にはたった一人…でも、大勢の人が見守り支えてくれているこの舞台。
私が、今ここに立っている事が成功で、一番大切な、一番素敵な、一番な一瞬。
これまで、劇が幕を閉じ、終わりを告げても泣く事はありませんでした。
この公演で、泣きそうな…予感です。
DVと云うテーマは、とてもツラく苦しく重く、私に覆いかぶさってきて、全てをさらけだすから余計にしんどくて、精神的にも身体的にもツラい日々が続きました。
何度も逃げ出したいと思ったし、身体が拒絶して練習できなくなったりしました。
それでも、文化祭の準備などでなかなか部活の時間を取れずに、本当に少ない限られた時間の中でクタクタにへばりながらも作った台本を、本当に精一杯、泣きながら練習してきました。
そんな日々を越えて、今この公演が幕を開ける事ができるのは、『頑張れ』と声をかけてくれた友達、『ぶっ倒れないようにね』と心配してくださった先生方、『楽しみにしてます』と言って下さった人達、そして何より全力でぶつかってくださった顧問の先生のお陰です。
舞台上にはたった一人…でも、大勢の人が見守り支えてくれているこの舞台。
私が、今ここに立っている事が成功で、一番大切な、一番素敵な、一番な一瞬。
これまで、劇が幕を閉じ、終わりを告げても泣く事はありませんでした。
この公演で、泣きそうな…予感です。
コモンAより…自主公演に寄せて(当日配布パンフより)
ふかい《祈り》にみたされた劇
ブイン1コモン1の演劇部による1人劇。徹頭徹尾そぎ落とされ、ギリギリのところまで切り詰められた、そのアトにのこったもの。ピュアなものラディカルなもの。
この劇は、玄関のチャイムの音が鳴りひびくシーンで幕をとじる。その最後のシーンをボクはあれこれと演出したおぼえがまるでない。チャイムの音がし、そして床に横座りした彼女がカラダを捩って扉のほうへ振りかえるのだが、彼女はベツに演出の要請があったからそうしたわけではなく、彼女の直感がそのような姿勢をとらせたのだ。はじめて見たときから彼女の、ピンと背筋を伸ばして扉のほうへ振りかえるその姿勢に、ボクは、なんといったらいいだろう、いわば崇高さのようなものを感じとっていた。
その後、ボクは鷲田清一氏の『「待つ」ということ』という本に出会い、なにごとかを了解した。氏はその本のなかで述べている、「希望ではなくあらゆる希望の兆しの断念ののちに」「もうなんの到来をも待ち受けないでひたすら待つともなく待つ」そのいとなみこそ《祈り》である、と。
この劇は、ふかい《祈り》にみたされている。しかも、それは巧まずしてそうなったのだ。
掌をあわせ身を丸めこむ「防禦」のかたちとしての《祈り》から、重力=運命に屈することなく凛として「待つこと」のかたちとしての《祈り》へ。内がわにむかっていったん閉じられたものがふたたび外がわにむかって開かれていく。
ここに、凛として、うつくしい、祈りが、ある。
ブイン1コモン1の演劇部による1人劇。徹頭徹尾そぎ落とされ、ギリギリのところまで切り詰められた、そのアトにのこったもの。ピュアなものラディカルなもの。
この劇は、玄関のチャイムの音が鳴りひびくシーンで幕をとじる。その最後のシーンをボクはあれこれと演出したおぼえがまるでない。チャイムの音がし、そして床に横座りした彼女がカラダを捩って扉のほうへ振りかえるのだが、彼女はベツに演出の要請があったからそうしたわけではなく、彼女の直感がそのような姿勢をとらせたのだ。はじめて見たときから彼女の、ピンと背筋を伸ばして扉のほうへ振りかえるその姿勢に、ボクは、なんといったらいいだろう、いわば崇高さのようなものを感じとっていた。
その後、ボクは鷲田清一氏の『「待つ」ということ』という本に出会い、なにごとかを了解した。氏はその本のなかで述べている、「希望ではなくあらゆる希望の兆しの断念ののちに」「もうなんの到来をも待ち受けないでひたすら待つともなく待つ」そのいとなみこそ《祈り》である、と。
この劇は、ふかい《祈り》にみたされている。しかも、それは巧まずしてそうなったのだ。
掌をあわせ身を丸めこむ「防禦」のかたちとしての《祈り》から、重力=運命に屈することなく凛として「待つこと」のかたちとしての《祈り》へ。内がわにむかっていったん閉じられたものがふたたび外がわにむかって開かれていく。
ここに、凛として、うつくしい、祈りが、ある。
詩 I shut myself down 〜「あの日」そして「その後」〜(当日配布パンフより)
以下の詩は、「あの日」の台本同様やはりブインA&コモンAの共作。DVにより受けた精神的外傷をテーマに書いたものです。「あの日」上演後に舞台挨拶を終えてから最後の最後に朗読させていただいた詩です。ここに再掲します。
I shut myself down 〜「あの日」そして「その後」〜
たとえば…深夜の電車の車内で大声で喚きちらす酔っぱらい
たとえば…わたしの目の前でとつぜん怒り出す教師
その怒りに接したとたん
その怒鳴り声を耳にしたとたん
肩に力が入る…力が抜けない…体がこわばる…足が動かない…声が出ない
べつにそうしたいわけじゃない…
べつにそうするつもりなんてない
…そうしたいわけじゃないのにそうするつもりなんてないのに…
叫びだしたいのに声が出ない
逃げだしたいのに足が動かない
…そんなわたしをわたしはどうすることもできなくて
…どうしょうもなくて…どうすることもできなくて
そして、
シャットダウン!
いきなり、すべてが、シャットダウンする
シャッターが下りる
スイッチが切れる
プラグが外れる
わたしがシャットダウンする
わたしをシャットダウンする
シャッターを下ろす
スイッチを切る
プラグを外す
《システムを停止します》
《システムを停止します》
わたしは遠ざかる
世界から
世界は遠ざかる
わたしから
もはや酔っぱらいの声も教師の声もわたしの耳には届かない
うすいうすい被膜がわたしと世界とをへだてる
そのうすいうすい被膜に
永久にわたしと世界とは
へだてられている
I shut myself down 〜「あの日」そして「その後」〜
たとえば…深夜の電車の車内で大声で喚きちらす酔っぱらい
たとえば…わたしの目の前でとつぜん怒り出す教師
その怒りに接したとたん
その怒鳴り声を耳にしたとたん
肩に力が入る…力が抜けない…体がこわばる…足が動かない…声が出ない
べつにそうしたいわけじゃない…
べつにそうするつもりなんてない
…そうしたいわけじゃないのにそうするつもりなんてないのに…
叫びだしたいのに声が出ない
逃げだしたいのに足が動かない
…そんなわたしをわたしはどうすることもできなくて
…どうしょうもなくて…どうすることもできなくて
そして、
シャットダウン!
いきなり、すべてが、シャットダウンする
シャッターが下りる
スイッチが切れる
プラグが外れる
わたしがシャットダウンする
わたしをシャットダウンする
シャッターを下ろす
スイッチを切る
プラグを外す
《システムを停止します》
《システムを停止します》
わたしは遠ざかる
世界から
世界は遠ざかる
わたしから
もはや酔っぱらいの声も教師の声もわたしの耳には届かない
うすいうすい被膜がわたしと世界とをへだてる
そのうすいうすい被膜に
永久にわたしと世界とは
へだてられている
佐倉東高校演劇部自主公演のお知らせ
- 日 時 2006年11月25日(土)14時開演(13時30分開場)
- 場 所 佐倉市立美術館4階 ホール
- 上演作品 1人劇「あの日」
- 内 容 私の心の奥底にしまった「あの日」の記憶。DVという痛みの記憶。今一度、あの日の痛みに向き合う。
- お問合先 gekibu@gmail.com


