高校時代、古典の時間に「後(おく)る」という古語をはじめて習ったときの奇妙な感慨がよみがえる。習ったのは、「(誰それ)に後る」という用法である。親しい人に先立たれること、死別することを「後る」という。わたしの身近で誰かが亡くなるとき、わたしはその人に「後れた」のだ。周囲で1人また1人と亡くなっていき、そして、わたしはまたぞろ「後れる」、どんどん「後れる」。生きつづけることは、すなわち「後れつづける」ことにほかならない。
この劇の舞台は原爆投下から3年後の広島。美津江は、原爆で親友にも肉親にも「後れ」てしまい、ひとり永らえる。ある日、美津江は勤め先の図書館にやって来た木下という青年に恋をする。けれども、ひとり生きのこった後ろめたさから、その恋も断念しようとする美津江。「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」。そんな美津江を、父・竹造は懸命に励まし応援するのだが−−。言わずと知れた、井上ひさし氏の名作。
『父と暮せば』のラストシーンは、長編ドキュメンタリー映画『ひめゆり』のなかの、あるひめゆり学徒の生存者の方のことばを想起させる。その生存者の方は「ここから生き残ったのではなく、生き残された」といい、「(亡くなった人たちは)何としても生きたかったんですよ。それを今、私に伝えてくれ、と言ってるように思えるんです」と語られていた。『父と暮せば』にもまた映画『ひめゆり』同様「生き(のこ)ること」の意味への深い洞察がある。
映画『ひめゆり』がドキュメンタリーであるのに対し、『父と暮せば』は、なるほどフィクションといえばフィクションである。だが、作者の井上ひさし氏は、こう書かれている。「(被爆者の方々の)手に入った手記を数百編、拝むようにして読み、そこからいくつもの切ない言葉を拝借して、あのときの爆心地の様子を想像しました。そして、それらの切ない言葉を再構成したのが、この戯曲です」と。ここに紛れもない真実がある、そう観客をして感じさせる所以である。



